現在、私はシェムリアップの中学校の中で、カンボジアの子供達を中心に柔道を教えている。
生徒達はその代わりと言う訳ではないが度々カンボジア語を私に教えてくれる。
とある土曜日。
通常夕方の練習は遅くとも夜7時には切り上げるのだけれど、試合が近かったこともあり、その日は少し遅くまで練習をしていた。道場は街中にあるとは言え、街灯はおろか、敷地内には照明設備などない。
その為、夜まで練習をしていると道場の中の電灯めがけて虫が入ってくることもしばしばある。
しかし、その日飛んで来たものは予想もしていなかったものだった。
それは窓からおもむろに入って来た。
派手な羽音だったが、生徒達は練習に懸命なせいか気付いていない。
黒くて、蛾ほどの大きさがある。
何ともなしに眼で追っていたが、実体がよく判らない。
ふと、一人の生徒が私が何か見ているのを察し、天井を見上げるが早いか、いきなり柔道着を脱ぎだした。
それを見た生徒達も一斉に道着を脱ぎ、それを捕獲しようと動きだした。
格闘すること、ものの1分。
捕獲した生徒が、得意気な顔で私のところへ持ってきた。
見るとそれは コウモリ だった。
コウモリは日本にもいるし、そう珍しくはなかったがカンボジアで見たこれは、より野生を感じた。
しかし、その時この生徒が言った言葉はもっと印象的だった。
「先生、これチュガイン(おいしい)です。」
生徒の中には日本語が少しだけできる子もいる。
勉強したいから平仮名でこれの名前を書いてくださいというので、道場のホワイトボードに書き込んだ。
すると、その下に彼がカンボジア語を書いてくる。
「クロチウ」
それがカンボジアでの呼び方だそうだ。
さて、彼らが美味しいというコウモリ。
言葉は覚えたが、どこで使っていいものやら。
またこの時に捕獲されたコウモリはその後、誰かの家の食卓に並んだかどうかも定かではない。