魚屋に勤めていた時に、一番嫌いだったのが、包丁を研ぐことだった。
捌く魚の量が多ければ、それだけ包丁の数は多くなり、質は落ちている。
あらかたの仕事を終え、落ち着いた時に、最後の一仕事。
ずらっと並んだ包丁を見て、よく溜息をついたものだ。
日本にも専門の研ぎ師と言われる人がいるが、カンボジアにもいる。
以前は街中でたまに見かけたのだが、最近めっきり少なくなった。
今朝、偶然めぐみさんが見かけたので、声をかけオフィスへ来て貰い、包丁を研いで貰った。
このじいさま、名を「カエウ」さんと言い、御年73歳。
首都プノンペンの南東に位置する、プレイヴェーン州出身だそうだ。
プレイヴェーン州と言えばカンボジアで最も貧しいと言われている地域。
作物もあまり取れず、仕事も少ない。
その為多くの人達が、プノンペンや、シェムリアップと言った街へと出稼ぎに行っている。
包丁研ぎの値段は1本1000リエル。日本円で約20円。
じいさまはポルポト時代が終わってからずっとこの仕事を続けているという。
しかしこの仕事、最近では収入が少ないので、やる人が減っているそうだ。
長年かけて手に職を持つという考え方が古臭い、と思われているのは、ここでも同じなのか。
包丁研ぎが終わる頃、門番のトラーちゃんにめぐみさんが値段を聞いた。
すると2本で8000Rだと言う。
1本1000Rでは、と思い、もう一度聞くと、彼はこう答えた。
「彼は年を取っているから多めにあげるんだ。足りない分は自分が払う。」と。
カンボジアは農業国家である。
農業はいくら広い土地を持っていても、収穫量はお天道様次第。
天気の事を知るには、どうしても経験則がものを言う。
だから経験のある年寄りが大事にされる。
敬老精神は農業や漁業など、自然を相手にして養われていくのだ。
日本刀というものの切れ味が優れていることは、広く知られている。
それは、当時の日本の高度な技術の結晶であり、鍛錬、鞘、塗り、柄巻き、白金、彫金、そして、研磨。
それぞれを職人と呼ばれる人達が担当し、受け継いできた技術だ。
彼の包丁は良く切れた。
こうした技術も敬ってしかるべきだな。
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