オフィスで仕事しているときは少しづつ時間を作ってガイドさん達と話をしている。
こちらから歴史や生活について質問する場合もあれば、判らない日本語を質問されることもある。
この日は、カンボジアの農業について、サロンさんへと質問をした。
彼はシェムリアップ市内から40km程離れた、サムロム村で生まれ育った。
実家は農業を営んでおり、幼少時から、よく手伝いをしていたと言う。
そんな彼の農業に対する知識と愛は深い。
例えば、肥料について質問をすると、日本を引き合いに出しながらカンボジアの説明をするので、大変判り易い。
それよりも、普段は寡黙な彼が、農業のことになると、こんなにも饒舌に話をするのかと、驚いた。
「今は家族と共同の田畑なので、来年には自分の田んぼを作ろうと思っている」と話してくれた。
そして、「土から何かができるのは良いです」とも。
外国人はえてして、カンボジア人を無知と見る向きがある。
私はこう思う。
彼らは無垢なのであって、無知ではない。また無軌道でもない。
消費するだけでなく、何かを生み出して行かなければ、手元には何も残らない。
その事を良く判っている。
大量消費に支えられてきた日本も、今一度見直すべきではないだろうか。
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